戦艦大和の乗組員、吉田満が出撃前に書いた母への遺書が注目されています。彼の思いや艦内の緊張感が生々しく描かれています。
吉田は1943年に学徒出陣で海軍二等兵となり、1944年に海軍少尉として大和に乗艦しました。
彼の著書『戦艦大和ノ最期』では、1945年春の出撃から沈没までの艦内の様子が詳細に描かれています。
特に出撃の日の早朝、郵便の締切が迫る中で遺書を書く吉田の葛藤が生々しく表現されています。
彼は母への感謝の気持ちや、別れの悲しみを抱えながら、戦士としての使命感に駆られています。
遺書には「私ノモノハスベテ処分シテ下サイ」といった言葉があり、母に対する愛情と戦場に向かう覚悟が見て取れます。
また、周囲の戦友たちと遺書を書くことを促し合う場面もあり、緊張感に満ちた艦内の雰囲気が伝わります。
吉田の記述は、戦争を経験した者の視点から、当時の心情や思いを後世に伝える貴重な資料となっています。
戦争体験者の言葉を知ることは、現在の我々にとっても重要な意味を持つといえるでしょう。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/2911fff72bac41e7c050ed0e2e121da7d5e60645
コメントの内容は、戦艦大和の乗組員が残した母への遺書に関する様々な意見が集まっていました。
まず、作品『戦艦大和ノ最期』についての評価があり、特に臼淵大尉の言葉や生存者の証言の信憑性について疑問が呈されていました。
著者の吉田氏の心の中に生きる大和という視点が強調され、史料としての危険性も指摘されていました。
また、大和特攻の意味についての議論もあり、死を前提とした戦いの無意味さを訴える声がありました。
歴史観の歪みが大東亜戦争の結果にどのように影響したのかを考える意見も見られ、命の犠牲についての反省が促されていました。
さらに、原文のままの表現が心情を伝える一方で、現代語との融合を望む意見もありました。
読者は、戦争に赴く心情やその葛藤に対する理解を深めようとしている様子が伺えました。
全体として、戦争の悲劇や乗組員の思いを理解するための重要な議論が展開されていたと思われます。
ネットコメントを一部抜粋
『戦艦大和ノ最期』は名著でありますが臼淵大尉の「進歩のない者は決して勝たない〜」のような生存者から証言が得られない真偽不明の逸話や、沈没後に救助にあたった初霜の短艇の担当者が群がる生存者の手首を斬り飛ばしたという明らかな創作も記載されており他の資料と比較検討することなく史料として用いるのは危険です。
大和特攻に何の意味がある。
生きるために戦うのではなく、死ぬために戦う。
本末転倒であろう。
原文のままの方が、心情が伝わり易いと思っての記事でしょうが、読み難いと、伝えたいことが伝わりません。
原文のままがいい。
戦争に赴く心情がよく出ている。
生きて帰れると思ってもいないのに、そりゃ行きたくないわな。
そのときに役に立つ一冊が、吉田満『戦艦大和ノ最期』です。