江戸時代の教育制度が、日本人の論理思考の弱さに影響を与えていることを解説。識字率の向上とそろばん教育が背景にある。
著者は、昨年逝去した松岡正剛が伝えたかった「日本文化の核心」を中心に、江戸時代の教育制度や情報伝達の方法について詳しく述べています。
江戸時代には藩校や寺子屋が普及し、実用的なテキストである往来物を用いて読み書きが教えられました。
このことにより、当時の日本人の識字率は非常に高く、外国人も驚くほどの文書文化が形成されました。
特に、商人や町人の間での識字率向上が顕著であり、手紙のやり取りが日常的に行われていたことが紹介されています。
計算に関しては、そろばんが広く使われ、日常の計算には役立っていたものの、高度な数学的思考は育まれませんでした。
そろばんを使った教育が重視される一方で、論理的な思考を促す教育はあまり行われなかったため、日本人は論理思考が苦手とされるようになったのです。
さらに、儒学や仏教が根付く中で、論理的思考が育たなかったことも一因とされています。
しかし、鎌倉中期から室町時代にかけては、日本人なりのリクツ「道理」が重視されていたことも触れられています。
この記事は、松岡正剛の著書『日本文化の核心』からの抜粋であり、日本文化に対する理解を深めるための重要な視点を提供しています。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/ec4357bbb9f9c6fcd38cdc66858ace4a7e13ab13
コメントでは、日本人の論理的思考の弱さに関して、江戸時代の教育や文化が影響を与えたという意見が多く見受けられました。
古代ギリシャの哲学が論理的思考を育む一方で、日本の教育は漢文や儒教に偏重し、説教的な内容が多かったため、論理的な思考が発展しにくかったという指摘がありました。
また、日本人が論理的ではないという見方に対して、文化や教育の違いであると反論する声もありました。
例えば、和算など日本独自の数学的発展があったことを挙げ、論理的思考は必ずしも苦手ではないという意見もありました。
さらに、論理的思考を育むためには国語力が重要であり、現在の教育制度において国語教育が実践的な方向に進んでいることが懸念されていました。
全体として、江戸時代の教育が日本人の論理思考に与えた影響について多角的に考察され、論理の重要性や教育のあり方についての議論が展開されていたのです。
ネットコメントを一部抜粋
あの大昔から論理的な思考が発達していたのだから、素質もあるかも知れませんが歴史の長さが違います。
日本の高校生は漢文よりギリシャ哲学を学んだ方がいい。
日本人が論理的ではないということがまず証明されていない。
理屈ばっかりとか口だけは達者なやつと面罵されたり。
論理的思考能力がないわけではないけれど、ムラ社会の文化で理屈より人間関係で優劣が決まってしまう。