日本における中国語学習の歴史と影響を探る記事で、漢字の導入から日本文化への影響を考察。松岡正剛氏の思想も紹介。
特に、百済からの使者によって日本に漢字がもたらされたことが起源とされ、4世紀末から5世紀初頭にかけて、阿直岐が日本に漢字を紹介した経緯が語られています。
その後、王仁が日本に訪れ、『論語』や『千字文』といった重要な書物を持ち込んだことで、漢字の読み書きが日本で広まるきっかけが生まれました。
王仁は「書首」の始祖とされ、その後も多くの漢字学者が日本にやってきました。
これにより、朝廷で中国語の読み書きができる人材が登場し、外国語学習のムーブメントが形成されました。
しかし、興味深いことに、日本人は中国語をそのまま受け入れるのではなく、日本語に合わせた形で漢字を使用するようになり、独自の漢文が生まれることになりました。
このような文明的な転換は、日本の文化に深い影響を与え、今日に至るまで続いているとされています。
松岡正剛氏の著作を基に、日本文化の理解がいかに重要であるかを再認識させる内容となっており、日本人が自国文化をどれほど理解しているのかを問い直す記事です。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/6282918038dfe10f4b866ead32b9f0622c3e34bf
コメントでは、日本における中国語学習の意義やその影響について多様な意見が寄せられました。
あるコメントでは、ドラマ『光る君へ』の中で、主人公の父が中国語を話すシーンに驚いたというエピソードが紹介され、日本人が中国語を学ぶ際の語順の問題について言及されていました。
特に、日本語の構造に合わせて中国語を学ぶことが、語学力の向上に繋がらないという意見がありました。
また、平安時代の貴族たちが現代日本語を話していたことを引き合いに出し、言語の変遷について考察していました。
さらに、韓国時代劇を例に挙げ、李氏朝鮮時代のエリート層が中国語をそのまま読み下していたことが正当な学び方であるとする意見もありました。
中国語がもし英語のように表音文字だったら、現在の日本語における漢語の取り入れ方が大きく変わっていたかもしれないという考察もあり、言語の進化についての興味深い視点が示されていました。
その他にも、百済の支配層が話していた言語についての考察や、古典文献に対する興味が表現されており、言語学習の重要性が再認識される内容となっていました。
ネットコメントを一部抜粋
貿易商人と宋語で会話したという設定らしいが、私も大学で第三外国語として勉強した現代中国語。
日本人が「道を誤った」のは、中国語に返り点をつけてスイッチバック読みしたことだ。
李氏朝鮮時代のエリート層は、中国語そのままで読み下していたらしい。
中国語が英語のように表音文字だったらどうなっていたんだろう。
百済の支配層は高句麗と似た扶余系言語を話していた可能性が指摘されています。