俳優の火野正平さんが75歳で死去。腰痛治療中の体調悪化が原因で、家族に見守られながら穏やかな最期を迎えた。デビューから多くの名作に出演し、歌手活動や旅番組でも活躍していた。
火野さんは、4月から持病の腰痛の治療を受けていたが、夏に腰部骨折をしてから体調を崩し、最期は自宅で家族に見守られながら穏やかに過ごした。
1949年5月30日生まれの火野さんは、12歳から劇団に所属し、1962年にフジテレビ系の「少年探偵団」でデビュー。
その後、名作ドラマ「太陽にほえろ!」や1973年のNHK大河ドラマ「国盗り物語」での羽柴秀吉役でブレーク。
彼は池波正太郎によって名付けられた「火野正平」という名前で知られるようになり、74年には舛田利雄監督の映画「俺の血は他人の血」で映画初主演を果たした。
2021年には映画「罪の声」で第30回日本映画批評家大賞のゴールデン・グローリー賞を受賞するなど、俳優としてのキャリアを築いた。
2011年からはNHK BSプレミアムの「にっぽん縦断 こころ旅」で旅人を務め、今年9月には腰部の圧迫骨折のため出演を見送っていた。
歌手としても活動しており、昨年3月には約14年ぶりの新曲「あかんたれ」をリリースし、2023年のライブツアーも発表していた。
その後、2016年に離婚届が提出されていなかったことが報じられ、話題となった。
70年代には多くの女優との交際が取り上げられ、82年には事実婚を公表した火野正平さんの功績と人生は、多くの人々に影響を与えてきた。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/61dc092e23947fa424c163298a6dbdc63b325069
火野正平さんの訃報に対するコメントは、彼の多彩な才能と人柄を称賛するものが多く、感謝の意が込められていました。
特に「こころ旅」は多くの人々に愛されており、彼が自転車で日本各地を巡りながら視聴者の思い出を紡ぐ姿が心温まると感じた方が多かったようです。
火野さんの演技力についても、昭和を代表する俳優としての存在感や、時代劇での見事な演技が印象に残っているというコメントがありました。
彼のプライベートな一面も語られ、プレイボーイとしてのイメージがありながらも、実際には人間味あふれる魅力を持った方だったことが伝わってきました。
また、彼が優しいお手紙を読む声で不登校の子どもたちを癒していたというエピソードもあり、火野さんの人柄が多くの人に影響を与えていたことが感じられました。
彼の死は多くの人にとって大きな喪失であり、昭和の時代を象徴するような存在がまた一人いなくなったことを寂しく思う声が多く寄せられました。
火野さんの存在がいかに特別であったかを改めて感じさせるコメントが多く、心からの感謝とご冥福を祈る思いが溢れていました。
ネットコメントを一部抜粋
また一人素晴らしい役者が逝ってしまった。
あの時代劇の表情、粋な立ち回りは、まさに昭和のスターの姿そのものだった。
火野さんの優しいお手紙を読む声でした。
火野さんが亡くなりましたか。
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寂しいなぁ。
火野さんは「こころ旅」の中で、女性と握手したら妊娠、という自身のプレイボーイ伝説を自虐ネタにしていた。