下柳剛氏がYouTubeで語った“最恐助っ人”ケビン・ミッチェルの衝撃エピソード。彼の過去やプレーの実績が明らかに。
ミッチェルは1995年にダイエーに加入し、開幕戦で満塁ホームランを打つなど、強烈なインパクトを残した選手だ。
下柳氏は、彼が試合に出ると7割の勝率を誇るほどの存在感を持っていたと述べている。
ミッチェルは野球だけでなく、彼の過去にも驚くべきエピソードがある。
下柳氏は、試合後の風呂でミッチェルの背中に見た大きな傷に驚き、「その傷どうした?」と尋ねたところ、ミッチェルは「ピストルで撃たれた」と平然と答えたという。
彼はサンディエゴでギャングとして育ち、子供の頃に後ろから撃たれた経験があると語った。
しかし、ただ撃たれたわけではなく、その後「マシンガンで撃ち返した」と言い放ち、下柳氏は「こいつは怖え~」と感じたという。
ミッチェルは野球でも大暴れし、37試合で8本塁打28打点を記録したが、シーズン中に突然アメリカに帰国してしまった。
彼の存在は、下柳氏にとって忘れられない思い出となっている。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/bd4ec644448ae159031eae7dfb337a70ebad6281
コメントでは、ミッチェルの打撃スタイルや彼にまつわるエピソードが多く語られており、特に彼の独特なスイングから放たれた打球が印象に残ったという意見がありました。
「全身を使わずに腕だけでバットを振り回しているようなスイングから、火の玉のような打球が三遊間をゴロで抜けていった光景が目に焼き付いている」という声もあり、彼の打撃力に驚かされたファンが多かったようです。
また、初打席での満塁本塁打についても「度肝を抜かれた」とのコメントがあり、彼の実力を評価する声がありましたが、同時に彼のプロ野球での活動が短命に終わったことに対する惜しむ声もありました。
さらに、田淵幸一さんとのエピソードも語られ、ミッチェルが「途中でアメリカに帰る」と言ったことが実際に起こったことに対して、周囲が笑いを交えながらも驚きを隠せなかった様子が伝わってきました。
彼の振る舞いや個性についても言及され、「乱闘の時に特に加わらなくても、笑いながら歩いてくるだけで威圧感があった」とのコメントもあり、ファンからは彼の存在感が強く印象に残っていたことが分かります。
ミッチェルの実力とともに、お騒がせな一面や過去のトラブルについても触れられ、彼のキャラクターが多面的に捉えられていました。
ネットコメントを一部抜粋
全身を使わずに腕だけでバットを振り回してるようなスイングから、火の玉のような打球が三遊間をゴロで抜けていった光景が目に焼き付いている。
田淵幸一さんがキャンプの時だかに取材したらミッチェルが「途中でアメリカに帰るよ」と言っていた。
初打席満塁本塁打は度肝を抜かれたしホーナー以来のインパクト&衝撃だった。
乱闘の時に特に加わらなくても、笑いながら歩いてくるだけで威圧感があった。
一部のファンには知られているがミッチェル騒動の数年後ダイエーがトニー・ミッチェルを獲得。