渡辺恒雄氏が亡くなり、田原総一朗氏が彼との交流を振り返る。靖国神社参拝に反対する理由や歴史の検証を重視した彼の姿勢が明らかにされる。
彼と交流のあったジャーナリストの田原総一朗氏は、渡辺氏との会話の中で、彼が保守派でありながらも靖国神社の参拝に反対していた理由を明かした。
初めてじっくり話したのは2001年頃で、その時小泉純一郎首相の靖国神社参拝が議論されていた。
渡辺氏は「靖国反対」「戦争はさせない」という立場を持ち、読売新聞のトップとしては異例の意見を述べていた。
このことから田原氏は彼に興味を持ち、徐々に交流が深まった。
渡辺氏は靖国神社について、A級戦犯が合祀されたことから自らの信念に反するとして、参拝を拒否していた。
彼は、戦争に反対していた広田弘毅元首相についても「かわいそうだ」と語り、歴史の検証を重視していた。
渡辺氏は、戦争責任を明確にするために国会での歴史研究を提唱し、読売新聞社内でも戦争責任に関する研究会を設立した。
彼の考え方は、当時のメディアの反体制的な傾向とは一線を画しており、政治における独自の視点を持つ人物として、田原氏は彼を高く評価していた。
渡辺氏の死去は、日本のメディア界にとって大きな喪失であり、彼の思想や行動は今後も多くの人々に影響を与え続けるだろう。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/19e969cf2079a79d9ae4c8818034a1e282277512
コメントでは、渡辺恒雄氏の靖国神社参拝反対の真意や影響について多様な意見が寄せられました。
多くのコメント者は、彼が戦後の日本において重要な役割を果たしたことを認めつつも、彼の思想や行動に対する疑問を呈しました。
特に、戦前から戦中派の高齢者たちの靖国神社に対する強い信念や、戦争を知らない世代の歴史観に対する懸念が強調されました。
渡辺氏が共産党に入党していた経歴や、戦争に対する彼の反対意見も取り上げられ、彼の立場が複雑であることが伺えました。
また、彼の影響力を持つ読売グループの政治的スタンスや、米中関係に対する見解についても意見が交わされ、特に現代の国際情勢の中での日本の立ち位置についての考察がありました。
全体として、渡辺氏の靖国神社参拝反対に対するコメントは、彼の個人としての歴史や信念、そして日本社会における彼の影響を多角的に捉えたものでした。