女優の遠野なぎこが、動物虐待事件に関する投稿が削除されたことに憤りを示し、発言の自由について疑問を投げかけています。
この投稿は、アメリカのオーランド空港で、飼い犬との搭乗を拒否された女性がトイレで犬を溺死させたという衝撃的な事件についてのもので、遠野さんは「この人は人間としての精神を持ち合わせていないか捨ててしまった女だと思います」と厳しく批判し、「ただの悪魔」「吐き気がしました。
極刑を望みます」と過激な発言をしました。
しかし、投稿から約6時間後、彼女の発言が削除されてしまったことを知り、再度インスタグラムを更新。
「さっきの動物虐待の記事、削除されちゃったよ…何でよ…」と、削除されたことに対する疑問と悲しみを表明しました。
さらに、「発言の自由は無いのかな。
悲しいね」とも述べ、削除の理由が理解できないと訴えました。
彼女は次の投稿で「私、そんな過激な事言ったかな…報道されている事に対して批判しただけなのに…」と、削除されたことに対する不満を綴り、「せめて一方的に削除しなくてもいいでしょ」とインスタグラムの対応に対する憤りを表現しました。
また、「お花とか、映えるお店のお食事とかだけ載せていればいいのかな」と、自身の発信の意義についても疑問を呈し、多くのフォロワーから共感の声が寄せられました。
「残念です。
こんなこともあるのですね」といったコメントが集まり、遠野さんの発言がどれだけ重要であるかを再認識させる出来事となりました。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/6061c9879fc9a9e6f3449966a287a80a0441e890
遠野なぎこさんの動物虐待報道に対するコメント削除について、多くの人がさまざまな意見を述べていました。
コメントの中には、報道内容に対する激しい怒りや悲しみが表現されていたものの、過激な表現が問題視されていることも指摘されていました。
特に、発言の自由についての議論が多く、感情のままに過激な言葉を使うことが果たして適切なのかという意見が多く見受けられました。
一方で、削除されたことに対する不満も多く、同様に削除された経験を持つ人々が、自分の意見を伝える難しさを感じている様子が伺えました。
感情的な発言が許されるべきか、また、どのような言葉遣いが適切なのかについて、様々な視点からの意見が交わされていました。
動物愛護の観点からは、過激な表現が動物を守る精神とは逆行するのではないかとの意見もあり、冷静な対応が求められるとの声もありました。
また、動物虐待に対する社会の倫理観や、ペットを飼うことの責任についても再考するべきだという意見がありました。
動物に対する愛情を持つ一方で、その愛情が過剰になりすぎないように注意が必要だという指摘もありました。
全体として、遠野さんの発言を巡る議論は、単なる感情の発露だけでなく、社会全体の動物に対する考え方や、発言の自由とその責任についての深い考察がなされていたことが印象的でした。
ネットコメントを一部抜粋
遠野さんを責めるわけでも庇うわけでもありませんが、動物虐待事件の容疑者に対して、そのような考え方を持っている方は残念ながら少なくはないですね。
犯人への怒りをオブラートに包んでも意味はない。
近年なら大絶賛される書き方内容なのに、どうして削除なんだろう。
まあ酷い話ではあるが、そもそもとしてペットという存在を考え直すべきではないかな。
動物を愛している人は同じ意見を言う・思うはず。