馬淵かの子さんが教え子の玉井陸斗選手の銀メダル獲得を喜ぶ一方、自らの悔しさや指導者としての情熱を語る記事です。
要約すると日本の飛び込み界を牽引する馬淵かの子さんは、昨年8月に行われたパリ五輪男子高飛び込みで、教え子の玉井陸斗選手が銀メダルを獲得したことを喜ぶ一方、自らの過去の悔しさも語ります。
馬淵さんは1938年に神戸で生まれ、幼少期は泳げなかったものの、私立松蔭中学で飛び込みを始め、すぐに才能を開花させました。
56年のメルボルンオリンピックに出場し、以降も東京オリンピックまで連続出場を果たしましたが、東京では得意の飛び板飛び込みで7位に終わる結果となりました。
彼女は62年に同じく飛び込み選手の馬淵良さんと結婚し、66年には長女を授かりますが、30歳で子供を持つことを理由にオリンピック代表になれなかった悔しさを抱えました。
若手選手の優先選考に対する不満から、36歳まで現役を続け、70年のアジア大会では金メダルを獲得するなど成果を残しました。
引退後は「五輪選手を育てたい」との思いから、79年に日本初の飛び込み用屋内プールを備えたJSS宝塚スイミングスクールを設立します。
彼女の指導のもと、長女のよしのさんは84年のロスオリンピックに出場し、親子の葛藤もあったものの、成長を遂げました。
また、馬淵さんの指導を受けた寺内健選手は、彼女の存在が自身の飛び込み人生にどれほど影響を与えたかを語っています。
馬淵かの子さんの情熱と努力が、次世代の選手たちに受け継がれているのです。
参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/39f521e226868ca2df9310e1b94a04a8028b141c