「ニュースステーション」の成功と早河洋の挑戦

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テレビ朝日会長の早河洋さんが、1985年に始まった「ニュースステーション」の成功と報道の進化について語ったインタビュー。彼は独自の表現を追求し、テレビ朝日を視聴率の高い局へと導く大逆転劇を実現した。

要約するとテレビ朝日の会長である早河洋さんが、1985年に始まった「ニュースステーション」について語るインタビューが行われた。

この番組は、分かりやすい報道スタイルで高視聴率を記録し、テレビ報道番組の在り方を大きく変えた。

早河さんは、元々弁護士を志望していたが、放送研究会の魅力に引き寄せられ、放送の道を選んだ。

1967年に日本教育テレビ(現テレビ朝日)に入社し、記者としてのキャリアをスタートさせた。

1980年には「ビッグニュースショー いま世界は」のディレクターを務め、その後「TVスクープ」のプロデューサーとしても活躍した。

彼は、型にはまった報道スタイルに対抗し、独自の表現を追求することにこだわっていた。

1985年、早河さんは新番組「ニュースステーション」のプロデューサーに選ばれた。

この番組は、当時の報道番組の増加を背景に、視聴者にとってより身近で理解しやすい報道を提供することを目指していた。

また、取材システムの進化により、現場からの映像を簡単に伝送できるようになったことも、報道の質を向上させる要因となった。

番組制作会社オフィス・トゥー・ワン(OTO)が企画した「ニュースステーション」は、元TBSアナウンサー久米宏さんを起用し、広告会社電通との連携を経てテレビ朝日での放送が決定した。

このようにして、早河さんは「万年4位」と言われたテレビ朝日を、視聴率の高い報道番組を持つ局へと導く大逆転劇を成し遂げた。

参考リンクhttps://news.yahoo.co.jp/articles/ab8c7f7d5b39f83f9d874d8c4fc223ae2ecfc7c4

ネットのコメント

ネットのコメントでは、「ニュースステーション」の成功と久米宏の影響力が多くの人に評価されていました。

特に、久米氏がニュースをわかりやすく伝え、視聴者に親しみやすい形で報道を行ったことが称賛されていました。

視聴者の中には、久米氏の司会がもたらしたエンタメ要素や、ニュース番組としての新しいスタイルに感銘を受けた人が多かったようです。

また、番組が中高生にとって身近なニュースの入り口となったことも評価されていました。

ただし、番組が進むにつれて、エンタメ化が進み、報道の深さや中立性が欠けてきたとの指摘もありました。

特に、久米氏以降のキャスターに対して物足りなさを感じる意見が多く見受けられました。

さらに、早河洋氏の功績が称賛される一方で、彼の引き際についての意見もあり、年齢を考慮して身を引くことが望ましいとの声がありました。

このように、ニュースステーションはその歴史を通じて多くの人に影響を与えた一方で、報道の質や偏向についての批判も存在していたことがわかります。

ネットコメントを一部抜粋

  • 早川氏も素晴らしい実績をお持ちの方なのですね。

  • ニュースでありながら、エンタメ方面にも広くやってた。

  • 久米さんが巨人が優勝したら坊主頭になると言い切った後、現実に優勝するシーズンがあり坊主姿となりました。

  • 当時のキャスターの小宮さんのニュースの読み方は、非常に聞き取りやすく、良く聞く言葉を聞く事がありませんでした。

  • ニュースステーションが始まった頃は斬新で面白いと思いよく見てた。

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